海洋生態系モデルの基礎知識

生態系モデルとは?

一般にモデルとは現実世界の複雑性や不確実性を単純化し,目的に応じて部分的な関係に注目して定式化するものです。目的に特化して作られるので,アーミーナイフや万能薬のようなオールマイティーな働きは期待できません。良いモデル(使いやすいモデル)は,目的や利用可能なデータに応じた適切な構造と適度な複雑性をもつものです。


生態系モデリングの目的

海洋生態系モデルを開発する目的として,色々なケースが考えられます。私が思いつくところでは:
1. 生態系の構造と機能を理解する
2. 過去の変化や影響要因を説明する
3. 将来起こりうる現象を予測する
4. 影響やリスクを評価する
5. 管理方策を評価する
6. 利害関係者の合意形成に役立てる

 

生態系モデルは,単一資源動態モデルにおけるMSY(最大持続生産)のように,どのような状態が"最適"であるか探索する用途にはあまり役立ちません。そもそも生態系サービスは多様で人によって価値観が異なり,共通の最適状態や管理目標を掲げることすら容易ではないからです。価値観の異なる様々な利害関係者の間で合意形成を図るための情報統合ツールとして,生態系モデルを用いる方が理にかなっています。


基本は微分方程式

生態系モデルは微分方程式をベースとしています。すなわち,多くのモデルが,少なくとも基本コンセプトとしては構成種の動態と影響要因を微分方程式で表します。微分式の方が要因間の関係をシンプルに表現できるからです。これは単一種の個体群動態モデルでも同じで,Malthusが人口論で提唱した指数(エクスポ年シャル)モデルは,dN/dt,すなわち個体群の瞬間的な増加率がN(個体数)に比例する単純な形になっています。これを積分するとNt = N0 * exp(r) * t という形になります。tごとに個体数がexp(r)倍になる,ゾウリムシが一定時間ごとに倍々と細胞分裂するような増加傾向をイメージしてください(rを負の値にすれば,減少のモデルにもなります)。指数モデルに歯止めをかけるために,指数モデルのrをr(1-N/K)という項で置き換えたのがVerhulstのロジスティックモデルです(積分式のrをr(1-N/K)で置き換えるとricker型のロジスティックモデル)。NがKに近づくほど増加率はrはゼロ,exp(r)は1に近づき,個体数はS字曲線を描きながらKに収束します。ちなみに増加率r(1-N/K)Nを最大にするNがMSY水準です。係数マイナスのNの2次式ですので,N=K/2のとき最大になります。

生態系モデルの基礎となる理論式として,Lotka-Volterraの一連のモデルがあります。捕食被食モデルは指数モデルに-b*N1*N2,+d*N1*N2という,食われたら減る,食べたら増える関係を表す項を加えた形です。同様に競争モデルはロジスティックモデルにa12*N2, a21*N1という,他種の存在がその種の増減に影響を与える項を加えたものです。このように生態系モデルの基本式を読み解くことにより,各モデルがどのようなプロセスに注目して定式化しているか理解が深まります。


生態系モデルの構造を特徴づける要因

具体的には次のような項目によって,生態系モデルの構造や機能が特徴づけられます。
1. 構成要素の範囲(生態系の一部分〜全体)や解像度(細かさ)
2. 相互作用の媒体や測度(エネルギー,物質量,個体数など)
3. 相互作用の定式化(関係の有無,一方向・双方向性や関数形)
4. 時空間構造(範囲や解像度)

 

「主な海洋生態系モデル」のページでは,このような観点から代表的な海洋生態系モデルを紹介しています。