主な海洋生態系モデル


Bottom-upモデル

水温,日射,栄養塩などの環境要因と低次生産の関係を主眼とし,それに捕食者を加えたモデルです。

NPZモデル

動物プランクトンZ,植物プランクトンZ,栄養塩Nという3つのコンパートメントの間の物質(窒素や珪素など)の流れを微分方程式で表したモデルです。各関数には単純な比例式やミカエリス・メンテン式のような飽和型の式があてはめられています。

 

参考資料
Franks 2002. NPZ Models of plankton dynamics: their construction, coupling to physics, and application. J. Oceanogr. 58: 379-387.

NPZDモデル

NPZDモデル
NPZモデルにデトリタス(粒状懸濁物)を加え,栄養塩の挙動をより現実に近づけたモデルです。Soetaerk and Hermanの本ではRに実装した例が示されていますが,SIMECOLを使わない差分型の単純なコードにしてもそこそこ再現できます。

参考資料
Soetaerk and Herman. 2009. A Practical Guide to Ecological Modelling: Using R as a Simulation Platform.
https://www.springer.com/us/book/9781402086236.
R-examplesのchap2にNPZD.Rがあります。下記からダウンロードもできます。
NPZD.R
https://github.com/rforge/simecol/blob/master/pkg/simecolModels/R/NPZD.R
SIMECOL
https://r-forge.r-project.org/projects/simecol

NEMURO

PICESの国際プロジェクトによって開発された北太平洋のNPZDモデルです。植物プランクトンと動物プランクトンをサイズ別のコンパートメントに分けた複雑なモデルで,窒素,珪素,カルシウムの挙動をシミュレーションすることができます。元々は1ボックス型のモデルでしたが,その後緯経度メッシュと深度を解像した3DNEMUROも開発されています。

 

参考資料
Kishi et al. 2007. NEMURO-a lower trophic level model for the North Pacific marine ecosystem. Ecol. Model. 202:12-25.
PICESのウェブサイトにFORTRANとMATLABのコードがポストされています:
https://pices.int/members/task_teams/Disbanded_task_teams/MODEL_materials/mws1.html

NEMURO.FISH

NEMUROにニシンやサンマなどプランクトン食魚の摂餌や移動プロセスを加えて,成長生残や回遊を再現〜予測するためのモデルです。

 

参考資料
Megrey et al. 2007. A bioenergetics-based population dynamics model of Pacific herring (Clupea harengus pallasi) coupled to a lower trophic level nutrient–phytoplankton–zooplankton model: Description, calibration, and sensitivity analysis. Ecol. Model. 202:144-164.
PICESのウェブサイトにFORTRANとMATLABのコードがポストされています:
https://www.pices.int/members/task_teams/Disbanded_task_teams/MODEL_materials/mws4.html


Top-downモデル

漁業の対象となる高次捕食者を主眼とし,捕食被食関係を組み込んだ複数種のモデルです。

MSVPA

単一種の齢構成資源動態モデルVPA(Virtual Population Analysis)の自然死亡Mを,被食死亡とその他の自然死亡に分け,被食死亡に食う食われるの種間関係を組み込んだモデルです。複数種の齢構成モデルですので,種別・年齢別の膨大な食性情報を必要とします。基本的にこのモデルは食われた側が死亡(被食死亡)する一方向の関係だけが組み込まれます。

 

参考資料
Magnusson 1995. An overview of the multispecies VPA — theory and applications. Reviews in Fish Biology and Fisheries. 5: 195-212.
Garrison et al. 2010. An expansion of the MSVPA approach for quantifying predator–prey interactions in exploited fish communities. ICES Journal of Marine Science. 67: 856-870. https://doi.org/10.1093/icesjms/fsq005

MRM (Minimum Realistic Model)

漁業とその漁獲対象種,およびそれに関連する必要最低限の要素(捕食者や餌生物など)の動態と相互作用を組み込んだモデルです。Punt and Butterworthが南アフリカにおけるヘイク(タラのなかま)をめぐる人間とオットセイの競合を解析したモデルをMRMと呼んだのが始まりです。その後も海生哺乳類と漁業の関係を対象とするモデルが多く,餌を食べることによって捕食者の成長・生残が改善される効果を表す生物エネルギーモデルを内蔵するモデルが一般的です。空間的な不均一性を考慮した汎用モデルGadgetやMULTSPECも開発されています。

 

参考資料
Punt and Butterworth. 1995. The effects of future consumption by the Cape fur seal on catches and catch rates of the Cape hakes. 4. Modelling the biological interaction between Cape fur seals and the Cape hakes. South African Journal of Marine Science 16: 255-285.

Gadget
https://brage.bibsys.no/xmlui/handle/11250/100625
https://github.com/Hafro/gadget


End-to-endモデル

基礎生産から高次捕食者まで生態系の構成要素を端から端まで網羅したモデルをend-to-endモデルと呼びます。EwEは食う食われるの関係を全てバイオマスの流れとして一貫して扱うシンプルなモデルです。一方SEAPODYMやATLANTISは,物理環境から高次捕食者,漁業など,異なる構造のモデルやデータをカップリングさせながら動態をシミュレーションします。

Ecopath with Ecosim (EwE)

Ecopathは基礎生産から頂点捕食者に及ぶ食物網全体におけるバイオマスの流れを算出するフロー解析モデルです。式(1)のように,構成種iが摂取した食物Qから呼吸・排泄を除いたものが生産Piになります(この効率をP/Qという指標で表します)。構成種iのバイオマスBiの変化は微分方程式(2)で表されます。フローが定常状態にあればこれを定数BAiで表します(BAi=0,すなわちバイオマスは平衡状態にあると仮定することが多いです)。被食によるバイオマスの減少M2iは種jにおける餌iの捕食比率DCjiという係数を介して(4)式で表すことによって(3)式を構成要素の数nだけ並べたn次連立一次方程式として解くことができます。実際には連立方程式が成り立つようにDCやQやBなどを微調整します(これをマスバランスと呼びます)。適切にバランスを取ったモデルを使って,様々なネットワーク診断を行うことができます。
Ecosimは,一旦バランスを取ったモデルを(2)の微分方程式に戻し,そこからバランスが崩れるとどのような変化がネットワークに発生するか予測するシミュレーターです。Ecospaceはさらに空間を分割し移出入のパラメータを導入して空間的な不均一性を考慮したシミュレーションを行うモジュールです。

 

参考資料

https://ecopath.org/
清田・亘・米崎. 2016. 水産関連データを活用したEocpath with Ecosim生態系モデルの構築方法. 水産海洋研究 80: 35-47.

SEAPODYM

緯経度メッシュ状の海洋物理場の上に,餌生物モデルを介して,マグロのような高度回遊性捕食者を1~2種組み合わせたモデルです。海洋環境のデータまたはモデル,表層〜中深層性餌生物のモデル,マグロの分布回遊と個体群動態のモデル,漁業のデータの4つのユニットから成り立ちます。外洋表中層においてブラックボックスとなっている餌生物(マイクロネクトン)の密度や三次元分布を表す機能群別モデルが組み込まれているのが特徴です。この餌生物と海洋環境の情報は,主にマグロの生息環境,産卵環境の指標を生成し,移流拡散方程式によりマグロの密度変化を計算するのに用いられます。一方向のカップリングが多く,食う食われるの関係はほとんど考慮されていまれていません(餌生物によるマグロ仔魚の初期死亡のみ)。環境変動下におけるマグロ漁業の管理に特化したモデルです。

 

参考資料
http://www.spc.int/ofp/seapodym/
Lehodey et al. 2008. A spatial ecosystem and populations dynamics model (SEAPODYM) – Modeling of tuna and tuna-like populations. Prog. Oceanog. 78: 304-318.

ATLANTIS

NPZD型の物質循環モデルをベースとし,生物エネルギーモデルを介して齢構成モデルなど各種の資源動態モデルと連結する統合型モデルです。空間構造は3Dポリゴンにより水平分布,鉛直構造を考慮することができます。漁業,観測,評価,管理などモジュール状のモデルを組み合わせ,最終的には管理戦略評価を目指しますが,色々な応用が可能です。ただし,主要な構成種ごとに年齢別の食性,成長・死亡・再生産,空間分布,移動など非常に多くのパラメータを必要とするdata-hungryなモデルです。

 

参考資料
https://research.csiro.au/atlantis/