本サイトの海の恵みページ(Treasure box)で述べているように,水産物を持続的に利用するためには, 『水産資源』『生態系』『地域社会経済』の3つを健全な状態に保つことが大切です。これまで日本の水産物管理は,行政(国や県)が主要な魚種を対象として漁獲行為を制限するトップラウン式の管理と,それを補足する漁業共同組合などの自主的管理など,生産サイドの規制が中心でした。しかし,魚を多く獲っても少なく獲っても利益が出にくい価格の硬直化や,一時的なブームによる需要と価格の急騰などのように,市場が“持続不可能”な利用に拍車をかけることのないよう,流通消費サイドへ働きかけて是正を促すことも重要です。
しかし今まで,水産物の加工・流通・販売に携わる業者や,最終的に購入して食料として利用する消費者は,水産資源や生態系の状態,漁獲の方法とそれが環境に与える影響などについて,ほとんど知ることができませんでした。
マリンエコラベルは,資源や環境に配慮した水産物であることを公表し,加工・流通・消費者の賢い選択(wise use)を促すためのツールで,上手に活用すれば効果が期待されます。しかし,取り扱う情報,価値判断や判定プロセスが偏っていると,本来の目的とは異なる差別化が起こり,健全な漁業活動の機会が失われる恐れもあります。
エコラベルとそれに類する認証制度にはどのようなタイプのものがあるのか,エコラベルを通じて消費者は価格と品質以外の何を評価するのか?しないのか?,そういったことを考えるためのヒントを手短に示します。
2005年にFAO(国連食糧農業機関)は,責任ある漁業の行動規範に基づき2009年にエコラベルガイドラインを策定しました。今や欧米ではエコラベルのついていない水産物を大手スーパーで売ることができないほど普及しているようです。一方,日本では自主的に導入しているイオンでも企業モラルの一貫として実施している状況で,エコラベル商品の方が高い値段で売れる,沢山売れる,といった効果はなく,高付加価値や収益拡大,さらにはエシカルな消費行動への誘導にはなかなか結びつかないようです。
どうして日本ではマリンエコラベルが広まらないのか…それぞれの立場から考えることが大切です。私が思い当たる要素としては:
1) 環境問題に対する国民の関心が低い
2) 環境NGOや業界団体が実施するエコラベルの認知度や信頼度が低い
3) 日本の消費者は政府によるトップダウン管理を過信し,通常市販されている物なら何を買っても大丈夫という安心感がある(自ら賢く選択しなければ海と漁業がダメになるという危機意識が乏しい)
書いてみると,三つとも同じことを言っているようにも思われます。これは長年政府系研究機関で働いてきた私の視点が凝り固まっているからでしょう。異なる立場の人との情報共有,意見交換がやはり一番大切だと思います。
本ページでは,3つのタイプに分けてエコラベル活動を紹介します。狭義のエコラベルは,商品に貼り付けるタイプの1番目だけです。それもFAOの国際ガイドラインに沿った内容であることを示すGSSI(世界水産物持続可能性イニシアチブ)認証を受けたものだけが正式なエコラベルとして認められます。認証された水産物が消費者の前に並ぶまでの過程で他の製品と混ざることがないよう,加工流通段階のトレーサビリティー確保に関するCoC(Chain of Custody)認証も求められます。
このページでは水産物の持続可能性評価だけでなく漁業コミュニティーや国を評価する活動も併せて広義のエコラベルとして紹介します。
生産者(漁業者団体)が審査実施機関に申請して審査を受け,合格すれば製品にエコラベルを貼り付けて販売することが認められる方式です。一般的な(狭義の)「エコラベル」といえばこのタイプです。審査機関は政府であったり,環境NGOであったり,漁業者団体であったりさまざまですが,GSSI認証を受けるためには独立性の高い第三者機関が審査を行うことが求められます。
環境NGO大手のWWF(世界自然保護基金)と世界屈指の生活消費財企業ユニリーバが設立した海洋管理協議会(Marine Stewardship Council)が主催しているマリンエコラベルの草分け的存在です。1) 資源の持続可能性,2) 漁業が生態系に与える影響,3) 漁業の管理システム3つの基準の3つの原則に沿って評価が行われます。他産地の製品と混同が起こらないことを担保するためのトレーサビリティーもCoC認証として審査されます。
MSCの日本語ページでは日本の認証漁業一覧も公開されています(2022年5月現在)。2008年に京都府のアカガレイ底曳き網漁業がアジアで始めてMSC認証を取得しましたが,その後更新が途絶えたようです。2018年頃には日本の漁業ではカツオとビンナガ(マグロ)の竿釣(一本釣り)しか認証されていませんでしたが,2022年にはカツオ・マグロ類,ホタテガイ,カキを対象とした7つの漁業が認証を受けています。少しずつ増えていますが,まだ多くありません。初回審査および定期更新に数百万円単位の費用がかかること,それに見合うだけの付加価値が日本国内では得られないことが普及の障壁になっているようです。
MSCの養殖版にあたる養殖水産物認証ラベルです。天然魚資源への影響,環境汚染,薬品の使用,遺伝子組み換え,使用する餌の状況,非在来種飼養の原則禁止など数多くの検査項目があります。ASCジャパンのページから,養殖場,CoC企業,製品を検索することができます。養殖場の認証が基本で,CoC企業は加工流通段階のトレーサビリティー,製品は日本国内で販売されている(外国産も含む)養殖水産物商品が対象になります。日本の養殖場を見てみるとカキやブリ,マダイ,サーモン,ワカメなどの養殖事業者が沢山出てきます(2022年5月現在)。この背景として,ASCでは養殖対象種ごとに基準が作られるため,基準作成の段階から日本の養殖関係者が積極的に意見交換を積極的に行った努力があります。
当初は大日本水産会が主体となり,日本水産資源保護協会が審査機関となって認証を行い,色々な漁業が承認されていました。その後東京オリンピックの公式食材調達に向けてGSSI国際認証を受けるスキームに変更され,2016年からは(一社)マリンエコラベル・ジャパン協議会が運営し,GSSI認証を取得しています。認証基準や判定基準もWeb上で公表されています。漁業,養殖業,流通・加工段階(CoC)に分けてそれぞれに従事する機関が認証されます。養殖の場合には養殖場単位で認証を受けるのですが,費用や処理の制約から,一つの養殖事業者の全ての養殖筏ではなく一部しか認証を受けていない例もあります。
審査実施機関が一方的に評価を行い,評価結果を優・良・可・不可といったスコアを公表するものです。ここでは水産物の格付けの例としてSeafood Watch,国や地域の評価としてOHI,地域漁業の評価としてFPIを紹介します。
米国のモンタレー水族館が自主的に実施している水産物の格付け公表システムです。水産物を魚種,地域,漁法ごとに評価し,Best choices(これを選ぶのが一番良い:緑), Good alternatives(“一番良い”が手に入らない時の次善の候補:黄), Avoid(これを食べるのは避けるべき:赤)の3段階に分けて格付けを行います。小売店だけでなくレストランのメニューにも緑・黄・赤の3段階マークをつけることによって,利用者に賢い選択を促します。さらに,スマホアプリなど様々な媒体を利用し積極的に働きかけています。例えばSeafood Recommendationsにtunaと入力して検索してみてください。手釣り,竿釣り(一本釣り)のビンナガ,カツオ,キハダなどがBest choicesとして示されるのに対し,数多くの地域漁業や魚種がavoidに挙げられていることに驚きを感じるかもしれません。
カリフォルニア大学のBen Halpernが公表している,国別地域別の海の健康状態に関する格付け情報です。豊かな生態系サービスを享受できているか?という観点から,食糧生産,地域の小規模漁業の実施機会,生物多様性と希少種,食糧以外の資源利用,CO2吸収作用,海岸保全,旅行レクリエーション,地域集落の社会経済,景観,水質,生物多様性といった保全目標の達成度を評価します。Global scoresでJapanを選択すると,221カ国中64位,総合特典71点で,海の旅行レクリエーションが意外に低く,地域小規模漁業の実施機会が高く評価されています(2018年7月現在)。同じ基準を使って,自分たちの地域を独自評価することもできます(OHI+)。
世界銀行が行なっている地域漁業の経済状況に関する格付けリストです。主に途上国の漁業が投資対象として有望であるかどうか評価するためのチェックリストが公表されています。格付け結果は公表されておらず,各自がそれぞれの目的に応じてリストを利用するものです。資源や環境だけでなく,操業の安全性や,道路,漁港,学校,病院などのインフラまで含めて地域漁業の持続可能性を評価する試みは注目に値しますが,あくまで投資対象としての視点であることには留意が必要です。
漁業,資源,生態系の状態に関する情報をインターネット上で発信するものです。公的研究機関が情報公開の一環として実施するもので,水産物の利用の是非などの価値判断は情報を受け取ったユーザーに委ねられます。
米国海洋大気海洋庁が水産物の持続可能性について一般向けに公開している情報です。資源状態や混獲,環境への影響が要約表示される他,健康栄養,レシピ,生物特性,調査研究などについても情報が示されます。
水産研究・教育機構が実施している国産水産物の持続可能性評価プロジェクトです。資源の状態,生態系・海洋環境への影響,漁業の管理,地域の持続可能性に関する評価結果および評価のベースとなった文献情報を公開します。さらに食品としての健康安全情報も補足されます。私自身も生態系・海洋環境への影響評価に2年ほど携わっていました。
第4の評価軸として地域の持続可能性を掲げているところもSH“U”Nの特色です。その背景には,資源,生態系および漁業を通じてそれを利用する地域社会が健全であってこそ,持続可能性が達成される,という海と水産に対する理念があります。
当初は格付け型エコラベルを目指していましたが,それよりも狭義のエコラベル認証申請に必要な情報の提供を重視すること,さらに,水産研究・教育機構の研究成果を行政や漁業関係者だけでなく広く一般の方々に知ってもらうことを目標とするよう,軌道修正されました。しかし残念なことに,この事業は国による予算支援を受けられず,行き詰まっているようです。日本では「エコ」や「持続可能性」にお金がつかないことを端的に表しています。