平松先生の最終講義

私の前の職場である横浜市の水産資源研究所で開催された,水産資源の資源評価手法に関する研究集会に対面参加しました。資源解析手法やオペレーションモデルを用いた管理戦略評価(MSE)の最近のトレンドが多数紹介された上に,生態系の評価管理に関する事例紹介も含まれる幅広く内容の濃い集会でした。

基調講演は,かつての仕事仲間であり,私の学位論文の副査もやっていただいた東大大気海洋研究所の平松先生が,自らの体験を踏まえて日本と世界の資源解析の変遷を紹介する『最終講義』でした。理論物理学という異分野から突然飛び込んで目にした水産研究の異様な光景に始まり,国際資源と沿岸資源の評価の温度差,10年ごとの変化などなど,表情ひとつ変えず一刀両断で切り捨てる評論の切れ味や,辛辣で毒が回ってくるけれども進捗や希望の光も見せてもらえるクールな冗談は,それだけで横浜まで聞きに行って聞く価値がありました。4月から完全引退して悠々自適と語る平松さんの表情には清々しさが漂っていました。勿体ないような残念な思いもありますが,まずは感謝の気持ちを捧げたいと思います。

後に続く若手研究者達による高度な資源解析の話題は,私には到底全部は理解できませんでしたが,大変勉強になりました。ただ,いくら解析手法が進歩しても,水産資源には(特に再生産関係の部分に大きな)不確実性があり,モデルが高度になればなるほど漁業関係者や管理者に状況を説明するのが難しくなる問題が,フロアーから指摘されました。

 

最後の生態系保全のセッションでは,高級魚シマスズキ(striped bass)の資源を管理するために,主要な餌生物である小魚(ニシンの仲間のmenhaden)の漁獲圧を下げることを生態系モデルEwEを使って検討した米国の事例が紹介されました。米国ではニシンのような小型の餌魚の漁獲とその管理は,捕食者や生態系への影響を考慮すべきであるというパブリックコメントが15万件も寄せられ,それに後押しされる形でこの研究が始まったようです。

 

一方日本では,生態系の考慮どころか個々の水産資源の管理に関しても世論の関心が低く,『魚の値段は高すぎる』『食料問題の解決のために水産物の増産が必要』『これからは作る漁業(=現状では餌魚を大量消費する養殖)の時代だ』『温暖化で生態系のバランスが崩れている』といったバラバラな方向性の意見が無責任に飛び交っているだけです。これら問題が相互にどう関係していて,どのようにして漁業と資源と生態系を管理することによって保全と利用を両立できるのか,そういったことについてもっと行政や研究者が情報発信して世論の醸成を図ることも必要であると思います。