今年もディベート:利用vs保全あらため学生vs行政官!?

毎年恒例の学生実験『絶滅危惧種って何?水産種をワシントン条約に載せるべきか?』,クライマックスステージにあたるディベート合戦を10月6日に開催しました。

今年の論戦のテーマとして俎上に乗せたのは,次の3種です。
(1)クロアワビ
全国的に漁獲量減少が顕著であり,2022年のIUCNレッドリストではEndangeredに指定されましたが,それと同時に水産庁は水産流通適正化法を定め,1尾ずつ個体番号をつけて漁獲と取引の厳正管理を始めています。ワシントン条約の付属書に掲載して国際商取引を制限すべきか,現在の管理措置のまま持続的に利用できるか?が論点になります。
(2)ヨシキリザメ
昨年の実験で採り上げた後,ワシントン条約の締約国会議で提案が採択されメジロザメ類54種が付属書IIに掲載され,ヨシキリザメもそこに含まれています。ただ,ヨシキリザメ自体の資源量も増減傾向も比較的良好であり,類似種規定に引っ張られることなく管理できるのではないか,といったことが論点になります。
(3)ミンククジラ
ワシントン条約付属書Iに掲載され,国際捕鯨委員会(IWC)でも商業捕鯨はモラトリアムのままであるため,ついに日本はIWCを脱退して我が国200海里内での商業捕獲を始めました。そもそもミンククジラの資源はどういう状態なのか,捕鯨や鯨肉食はニーズや商業性があるのか?...政治的背景や国家間の対立を背負わない学生の立場で水産物としての鯨類の利用について議論すると,どんな論点や判断が出てくるのか?というのが狙いです。

 

それぞれの種に対して,保護推進派と利用持続派を1班ずつ割り当てて,発表とディベートを行ったのち,会場にいる(私以外の)全員で投票を行なって過半数制で決をとるのがこの実験の実戦的スタイルです。いざ発表準備やディベートを始めてみると,今年は保護推進派が予想外に苦労していることに気がつきました。特に(2)と(3)は,国際フォーラでは保護寄りの論調に傾いていますが,特にミンククジラについては『私たちの主張としてクジラの資源利用を全否定するのは論理的にも心情的にも苦しいです。最低限の国内消費を容認しつつ,それ以上の捕鯨拡大が起こらないよう厳正管理を求める論理に軌道修正しても良いでしょうか?』という保護推進担当学生からの要望が出てきたほどです。

実際のディベートでは,ワシントン条約で規制しても『密漁はなくならないのではないか,むしろそれを助長する恐れもある』,『資源状態が非常に悪いのだから,一度利用を止めてマーケットニーズを消し去ることが保全上有効と考えられる』,『種苗放流は遺伝的多様性を減少させるので,保全ツールとして考えるべきではない』『付属書掲載を解除したら,漁獲に新規参入する国が現れる可能性があり,そのリスク管理も含めて管理すべきである』といった,ユニークで鋭い論点が次々に飛び出して,とても議論が盛り上がりました。

 

 

実は,今回のディベートには,水産研究所の頃から私が一緒に仕事をしてきた水産庁,自然資源保全協会(GGT),(株)はまげんの方々にシークレットゲストとして議場に参加していただきました。特に水産庁でIWCやワシントン条約など国際交渉に長年携わっておいでの漁場資源課長諸貫さんが,ミンククジラに関する学生たちの議論が白熱するにつれて,居ても立ってもいられなくなり,『捕鯨を再開する可能性のある国としてどこを想定しているのか?』と言った鋭い質問の矢を放ちました。これに対しミンククジラ保護推進派の学生が,一寸天を仰いで考えたのち,『そういった具体的国際情勢を踏まえた質問やコメントは,投票後であればありがたく拝聴して勉強したいと思いますが,投票前のこのタイミングでは聞きたくありませんでした』と切り返しました。諸貫課長はハッと我に返って,学生さんに見事に一本取られた,と反省しつつ感動していました。

最後は諸貫さんに前に出ていただき,水産種の保護と利用についての国際議論のバランスが近年崩れていること等についてスピーチをしてもらった後,投票結果(今年は3題とも持続利用派が過半数を集めました)の発表と最優秀プレゼンテーション班の表彰を行いました。長年国際会議で揉まれご苦労されてきた諸貫課長の,柔らかく温かみのある言葉,それを使って相手の懐に入り込んでマウントを取ろうとする論戦術を学生たちが感じ取ってくれたならば,良い学習ができたことと思います。