風力発電をめぐる複雑な問題構造

平成時代の環境問題は「利用開発」と「環境保護」の対立構造でしたが,脱炭素,カーボンニュートラルが世界的目標として掲げられた令和の時代には「地球環境保全(グローバルな正義)」と「地域環境保全(地域の人々の暮らし)」のトレードオフ構造になります。さらに,「国の世界戦略」と「地域の生き残り戦略」が天秤にかけられることにもなります…といったことを前回のブログに書きました。このことについてもう少し論じてみます。

 

 トヨタの豊田章男社長が自動車工業会の会長として昨年12月に発表された談話はとても印象的で注目を集めました。

https://www.youtube.com/watch?v=khfu0FMEbrQ

 

日本で作る自動車を全てEV(電気自動車)にしてもカーボンニュートラルにはならない。自動車の生産から販売・購入・利用,廃棄処分までの過程を全部まとめたCO2排出量を抑制しなければカーボンニュートラルを達成できない。日本の自動車工場で使われる電気を再生可能エネルギー化しなければ,欧州で売ることができなくなる。日本政府はこのような世界的動向を理解した上でエネルギー政策を転換すべきだ...といった内容です。

 

 パリ協定のもとカーボンニュートラル政策を積極的に推進するヨーロッパ諸国は,自動車に関しても生産過程を含むCO2排出量が低い製品でなければ受け入れない方針を打ち出しています。このため積極的に風力発電をはじめとする再生可能エネルギーへの転換を進めているのです。しかし,風力発電や太陽光発電は発電量の変動が大きく,さらに風発は風速変化に起因する周波数変動も生じるため,発電された電力を安定化させるために別の補助的電源が必要となります。補助電源として(将来的には電力が余った時に水を電気分解してエネルギーを蓄積する水素ステーションが見込まれているのでしょうが,現時点では)人間が確実にコントロールできる火力,水力,原子力発電が用いられます。英国やドイツ等における風力発電の急速な拡大を,フランスの原子力発電が裏で支えているのです。核廃棄物の問題は脇に置き,カーボンニュートラルを掲げてアメリカや日本との産業・貿易競争で優位に立とうとする欧州の世界戦略が明確な政策として打ち出されているのです。中国も一気呵成に風発導入を進め,欧州を追い越そうとしています。

 

工業資源に乏しい日本は,エネルギー資源や工業原料を輸入し技術力を活かして製品に加工して輸出する加工貿易により経済成長を果たしてきました。しかしSDGsの時代には,石油・石炭・天然ガスを電力エネルギー源として作られた製品は国際競争力に劣り,輸出できる相手国が縮小してしまう新たな非関税障壁が立ちはだかる...というのが豊田会長の問題指摘です。そこで政府は慌てて2050カーボンニュートラル宣言を行なったのでしょう。

 

クリーンな電源として風力発電が注目されていますが,風況の良い北海道,東北,九州などの地方に配置することで脱炭素と地域振興の両立をめざすといった耳当たりの良い話ばかりで,風発導入によって地域が被る損失や補助電源確保などの問題をどのように乗り越えるのかに関する政策議論が全くありません。電源開発も企業ビジネスですので,時間にも予算にも制約があり,利益が出なくなるような補償金は支払われませんし,赤字になれば撤退します。このように風力発電をめぐる問題の構造は複雑で,最終的には国民一人一人の価値判断が問われることになります。国民が判断するためには,必要な情報をオープンにして,意思決定プロセスを透明化することが大切であると思います。