漁業と洋上風力発電

昨年末に日本政府が2050年カーボンニュートラル目標を突然掲げたことから,洋上風力発電がにわかに注目を集めています。私も西海市の洋上風発研究プロジェクトに加わっていることから,国内の市民団体や海外の大使館・企業連合が主催する洋上風力発電関連のウェブセミナーに参加して勉強していますが,知れば知るほど,漁業と洋上風力発電の関係は極めて重要であり,やり方を間違えると風力発電が我が国沿岸漁業の命脈を絶ってしまう恐れがあると感じています。

 

洋上風力発電施設を建設できるのは,着底式では水深60m程度,浮体式でも水深200m程度までの浅い海に限られます。政府の脱炭素目標を達成するためには,4000本の洋上風車が必要になります。風発はコストが比較的高いのがネックで,コスト削減のために1基を大型化し,1箇所に多数設置することにより発電・送電効率を高める方向で開発が進んでいます。

 

今まで風力発電の問題点として主に議論されてきたのは,景観の悪化,鳥の衝突死亡(バードストライク),健康被害(低周波音)の3点でした。しかし幾つかのセミナーでは,沿岸漁業との関係が洋上風発開発における大きなハードルとして指摘されました。特に浮体式では風車の周りに係留ワイヤーと送電ケーブルが張りめぐらされ,複雑に交差したケーブルのトラブル回避が事業者の一番の懸案事項です。このため英国の事業者は,風力発電施設の周辺5マイル(?)では漁業ができなくなること,それにより地域の漁業文化が失われることを住民に良く理解してもらう必要があると強調していました。

 

地球温暖化を防止するために,C02排出量を削減する。そのためには火力発電ではなく,原子力発電でもなく,再生可能エネルギーに転換する...これは地球環境からみた正義・大義です。この地球環境保全と,地域の環境・生活文化の保全を天秤にかけた判断が求められます。

 

これに対し日本では『風力発電と漁業の共存を通じて地域振興を図る』という漠然としたwin - winイメージのキャッチフレーズが一人歩きしている状態です。このため漁業者さんの中には『地域のためになる事業に対して漁業者だけが反対する訳にも行かない』と控えめに(地域のために漁業が多少犠牲になっても仕方ないと)考えている方も多いようです。風発施設が建設されると,何が変わって何ができなくなるのか,地域にとってのメリット・デメリットを明確に示した上で,都会の電力利用者を含めた利害関係者が議論して判断する必要があります。

 

さらに問題構造はグローバルな保全とローカルな保全の対立に留まりません。英国は再生可能エネルギー,特に風力発電に大きく舵を切り,国策として積極的に技術開発と事業展開を進めています。その背景にあるのは,石油をベースとした現在の産業構造(政治的な言い方を借りると米国石油資本が牛耳っている世界経済のパラダイム)が崩れた後の世界をリードすることを目指す,国としての明快なポリシーです。石油資源に乏しい日本が(既に出遅れている)再生可能エネルギー分野において他国と覇を競う技術大国・経済大国を目指すのかどうか,国の基盤に対する国策,政治判断をめぐって論点,問題点を明確にし,国民が自ら考えて判断・行動することが大切でしょう。